CONCEPT B / 提案デモ
ムラタ
075-672-7000
1945
京都・村田グループ、八十一年の社史より

一枚の、ものがたり

服の裏側で、名前も出さずに。
MURATA CO., LTD. — KYOTO
全六幕 / 読了 約二分
本文はすべて社史の実記載に基づく
幕を開ける
第壱幕
1945昭和二十年 九月

焼け跡に、インクの匂い。

戦争が終わった、その翌月のことである。
京都に、紙とインクの匂いが戻ってきた。

村田博明、印刷デザイン企画業を創立
売るものは、まだ何もない。
あるのは、刷る技術と、京都の紙だけだった。

— 社史 第一行「昭和二十年九月 印刷デザイン企画業創立」
第弐幕
1961昭和三十六年 八月

初代の代表は、八重子

十六年後、屋号は会社になる。
村田精版印刷株式会社、設立。

初代代表取締役の名は、村田八重子
戦後の京都で、女性が印刷会社の代表に立った。
社史はそれ以上を語らない。
けれど、この一行だけで十分だと思う。

— 社史「代表取締役に村田八重子就任」
第参幕
1974昭和四十九年 一月

色は、深くなる。

二代・村田紀明。八重子は会長へ。
同じ年、村田グラビアを設立する。

凹版に溜めたインクが、紙に移る。
グラビアの色は、オフセットより深い。
服の裏側の一枚にも、その深さを使った。

— 社史「株式会社村田グラビア設立」
第肆幕
2004平成十六年 一月

印刷機は、海を渡る。

四代・村田彰信。
服の生産が海を渡るなら、その裏側も渡らなければならない。

広東。ホーチミン。プノンペン。
京都で決めて、アジアで刷る——
いまの形が、ここで生まれた。

— 中国・ベトナム・カンボジア 自社工場
第伍幕
2026令和八年 いま

年に、十八億枚

いま、四つの工場が織り、刷り、押している。
合わせて、年におよそ十八億枚。
日本人ひとりにつき、十五枚になる勘定だ。

あなたの服の内側にも、きっと一枚。
名前は出ていない。それがムラタの仕事である。

— 各工場公開値の合算(81年間、誰も足していなかった数字)
終幕
2027そして、これから

物語は、一枚の中へ。

八十一年、名前は表に出なかった。
次の八十一年も、たぶん出ない。
それでいい、と思っている。

ただ、これからの一枚は少しだけ違う。
素材の産地を、縫った工場を、辿った道のりを——
服の履歴を、あの小さな一枚が運ぶ時代が来る。
刷るのは、京都の私たちだ。

— EU デジタル製品パスポート(繊維・2027 委任法採択見込)

この物語の登場人物は、
あなたのクローゼットにいる。

主要取引先(現行サイト公開情報より)

続きの一幕を、
貴社と書きたい

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